すっかり忘れていた。
明後日は尊敬している先輩の誕生日だ、ということに気を取られ、完全に盲点となっていた。
埋もれるな、妹よ。
このような理不尽に屈するな。おめでとう。
朝から晩までバイト……それが私の土曜日である。
最寄駅から数駅のところにある塾で、畏れ多くも教えを垂れること4時間と少々。
私はいつもより早めに仕事を終えると、そそくさと急ぎ足で駅へと駆けた。
時間は14時55分を回っている。次のバイトは18時半から、東京は四ツ谷。
そのリミットまでの間に、向かわねばならない場所があった。
夢が住まう地、海と陸が交わるところ、
そう舞浜である。
妹は、大のディズニー好きである。
いや、大は言い過ぎだな、中くらいだ。
1ヶ月前、私がまだ妹の誕生日を覚えていた頃、妹に一つ問いかけた。
「なんか欲しいもんある?」
返ってきた答えは
「ディズニーのなんか」
大物感漂う抽象度。兄を困らせるな。
人に迷惑をかけるなと道徳で習わなかったのか。
しかしディズニーの何かを買えばよいのであれば、向かうべきところというのは自ずと決まってくる。ディズニーショップか、舞浜である。
幸いにして舞浜に向かうルートには恵まれた地域に住む私は、迷わず後者を選んだ。
何でも産地直送が1番である。舞浜産なのかはさておき。
東関道と並走するように走る京葉線は、さながら非常に上手なアカペラバンドのハモリを聴いているかのような高揚をもたらす。
右手に東関道、左手に覗く海、そしてその真ん中を駆ける京葉線……
あいにくの曇天ながら、この車窓からの景色はいつも素晴らしいものである。
体から聞こえる「ぐぅ」の音は、胸の高鳴りか、はたまた空腹の腹鳴りか。
間違いなく後者だ。昼飯を食っていない。
お腹すいた。
そんなこんなで舞浜に着いた。
曇天であるのに人でごった返している。ねずみの求心力。
夢の国を謳う舞浜鼠國も資本主義からは逃れられず、「夢が欲しけりゃ金を出せ」と関税(※入場料のことを私はこう呼んでいる)を取る始末。
そんなユートピアの皮を被ったディストピアを背に、私はイクスピアリへと向かう。
なんとも素晴らしいことにイクスピアリのディズニーストアでは、最大50%の割引セールをしていると聞きつけたからだ。
夢の値下げ。なんとも切ない。
しかしながら、さすがは値下げコーナー、物色すれどまともなもんがない(失礼)
重たいトートに使途不明なサイズのタオル。
あと、でかい財布。残るべくして残った者達であった。掘り出し物はなかなか掘り出されないからこそ掘り出し物なのだ。
諦めて店内の他コーナーをあたる。
するとアラジンのコーナーを見つけた。
話は逸れるが、実写版アラジン、良かったですね。リメイクするからにはアニメ版より良くないと意味ない、という前提はあるものの、それでも声に出して言いたい。
実写版はアニメを超えた名作であった、と。
これについては近くレビューを書きたい。非常に良かった。
閑話休題、私はそのアラジンのコーナーでまた物色を始めた。
うーん。
見れども見れどもジャスミン。
トートはラメラメ、ルームランプは1.2万。
王族の趣味ってすげぇの一言である。
しかしそんな趣味悪な品々の中に、一つ目を引くものがあった。
小さなスタンドミラーである。
おや、これはなかなかどうして悪くない。
どころか結構、いやすごくいい。かわいい。
(いやいや、でもこれ、お高いんでしょう?)
と心の中で私は問う。
箱をひっくり返して値段をみてびっくり。
2600円プラス税。
エッッッッッッ!???!!!!???!?
やっす。正規価格でこれ。半額セール対象外。すげぇ。いいもん見つけてしまった。
これは喜ばれるでしょ。高そうに見えるし。
いい買い物したな。ほんと。
会計を済ませて外に出る。
舞浜駅へと向かって歩いていると、目の前に高校生と思しき制服カップルが。
男の方は女の子の方に手をやっている。
あぁ、きっと彼らは来たる明日も巡る今日も全ての時が愛おしく希望に溢れているのだろう。
時折二人が交わす視線と笑顔がそれを物語っている。
対して私はといえば、平日は「お、明日競馬だ」休みが来れば「あ、中央競馬だ」
金の主な使途は競馬と交通費。
私の存在が無神論の根拠になりうるのではないか。
俺も金の主な使途を彼女とかにしたい。
さて、純粋で希望に満ちた妹よ、兄の二の轍は踏むんじゃないぞ。
幸多き一年を祈念して。
競馬を剥奪された兄